【実存主義の実践】「好きなことで生きていく」を1日やってみた結果。

 

みなさん「好きなこと」で生きていますか?

ASA
好きなことねー…

私は「好きなこと」で生きていません。

私は毎日、朝起きて、会社へ行って、時間に追われて、納期に追われて、話をしたくない人と話さなければいけない。「好きなこと」ではないです。

キツツキ
嫌だー

でも「好きなこと」を探し続けているわけでもなく、「好きなこと」をしていないことに不満であるわけでもありません。

それでも一般的には「好きなことで生きていく」って憧れの的のようになっている気がします。

ASA
この言葉自体、かつてyoutuberの宣伝で使われていた言葉ですからねー

「好きなことで生きていく」の認識は、「好きなこと」を仕事にして収入を得て生活をしていく、っていうことなのでしょう。

(「好きなこと」=仕事、という方程式自体が矛盾していると思っていますが、ここではそんな話はしませんw)

そもそも「好きなこと」なんて無い、という人が多いと思います。

ここでの「好きなことで生きていく」は、「好きなこと」を仕事にして、たくさん稼ぐためのコツの話ではありません。

ここでは、嫌な会社の辞め方とか好きなことで稼ぐ方法とかという話ではなく、もっと根源的な「好きなことで生きていく」を考えました。

つまり「好きなこと」の正体を明かそうと試みました。

そうすれば「好きなこと」という言葉に囚われずに、多くの人が「好きなこと」をできればいいなと思っています。

キツツキ
それでもブラック企業は辞めたほうがいいよー

「好きなこと」って何?

 

ではそもそも「好きなこと」って何でしょう?その言葉から考えられることをいくつかあげてみました。

  • 音楽を聴く。
  • 本を読む。
  • 旅行に行く。
  • 好きな人と過ごす。
  • おいしいものを食べる。
  • お酒を飲む。

キツツキ
いわゆる趣味と言えることがほとんどだね

などなど、一般的な「好きなこと」ってこういうのが多いと思います。

でも、上記のことをずっとし続ける生き方って、楽しいのかな?って思います。

ASA
時々だったらいいけどねー

ここにあげた好きなことを仕事にすると、例えば、

「音楽を聴く」ことを仕事にする⇒「音楽を聴く」ことを提供する仕事=音楽ショップ、いいところでレコード会社。(ミュージシャンでは無い)

「本を読む」ことを仕事にする⇒「本を読む」ことを提供する仕事=本屋、いいところで出版社。(作家、小説家では無い)

などなど。

ミュージシャンや作家になれたらいいやん?って思うだろうけれど、

それこそ音楽したり、本を書いたりしている人は、今も好きでやっているだろうし、

それでお金が稼げているか、稼げていないかの違いだけなので、

芸術的な側面で言えば、ミュージシャンや作家を目指している人っていないと思います。

つまり目指そうと思って目指せるものでもないし、お金を稼げているか、稼げていないかを抜きにすれば、誰でもなれます。

究極的に言うと、ミュージシャンや作家いいなあ、自由そうで好きなことやっていて、

僕も私もなりたいなあ、って思っている人はなれないだろうし、そんなになる気も無いだろうし、

そしてなろうと努力もしていないでしょうw

もちろん努力だけではダメで、才能や運も大いに必要だけれど、

それを言い出すとまた仕事の話になってしまいます。

ミュージシャン、作家=稼ぎがいい、と言い出すと、また「好きなこと」=仕事の話になってしまっています。

「好きなこと」は仕事とは切り離さないと、本当の姿が見えてきません。

それはつまり「好きなこと」=お金、では無いと言う話です。

それでは「好きなこと」ってなんでしょう?

実存主義とは

「好きなこと」とは、もっと素直に自分の直感を頼りに思いのままに行動する、余計なことを考えないで素直に生活をしてみることかもしれません。

(やっぱり「好きなこと」というと「仕事」の影がちらついて違和感があるので「好きなことで生きていく」と言うよりも「好きなように生きていく」と言い換えます。)

そしてそんな考えは昔からあります。

それは実存主義です。

実存主義のわかりやすい説明は「普遍的・必然的な本質存在に相対する、個別的・偶然的な現実存在の優越を主張、もしくは優越となっている現実の世界を肯定してそれとのかかわりについて考察する思想である」ということらしいです。

サルトルの「実存主義とは何か」の中にある「実存は本質に先立つ」ということです。(詳しくはwikipedia

キツツキ
わかりやすくない!!

実存主義とは何か

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要は、直感を信じて思うままに行動する、ということですね!(以下、私の解釈になります。実存主義は奥の深い言葉なので悪しからずw)

ASA
これはこれでまとめすぎだけど

ルールの設定

そんな実存主義的に1日を過ごしてみました。

そうすれば本質的な「好きなように生きていく」を実現できるのではないかと考えたからです。

ただ実存主義を徹底するとカミュの「異邦人」のように太陽のせいにして犯罪を犯してしまうので、3つのルールをもうけました。

異邦人 (新潮文庫)

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カミュ
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3つのルール

  • 犯罪に該当することはしない。(例:「好きなものを食べたけれど、お金を払いたくないから払わない」など)
  • 汚いことはしない。(例:「今はトイレに行きたくないので、パンツをはいたままここでする」など)
  • 人に迷惑はかけない。(例:「電車に1番に乗りたいから、順番を守らない」など)

道徳的な最低限の事柄です。

これだけは守りました。

あとは思うままにやってみました。

「実存主義的な1日」の実験

休日のある日、9時から17時の間、実存主義的に行動してみました。

9時 目が覚める。でも布団から出たくないのででない。起きたまま布団の中でゴロゴロする。

10時 ゴロゴロしながら、うだうだと考え事をしていると、喉が渇いたので起床。冷蔵庫のペットボトルの水を飲む。冷蔵庫から出したペットボトルを片付けたくないので、そのままにしておく。そしてそのままソファに座り、何もせずにボーと過ごす。

11時 おいしいものを食べたいと思い、出かける。途中、コンビニで3万円おろす。コーラを買う。

12時 ネットで調べた、地元産の野菜と肉を使った自然食のお店に行くも、並んでいるのでやめる。商店街をウロウロする。

13時 もう一度お店へ行くと、並んでいないので、お店に入る。選ぶのが面倒なのでメニューの中の一番高いランチを頼む。3千円。

14時 商店街を歩く。本屋に入る。気になる本を立ち読みして、ちょっとでもいいなと思ったら買う。6冊5千円、重いのでアマゾンで買えばよかったと後悔する。

15時 コーヒーが飲みたくなったので、カフェに入る。混んでいたけれどソファー席が空いていたので、座る。

混んでいて、店員さんがなかなかオーダーを聞きにこないけれど、手を上げて呼ぶのが嫌だったので30分待って、「すみません」と言いながらオーダーを取りに来た店員さんに、コーヒーとケーキを注文する。

「ケーキはショーケースの中からお選びいただくんですが、」と店員さん。席を立つのが嫌だったので「なんでもいいです」と言う。店員さん2秒くらい私の目を見つめて、「かしこまりました」と言いながら去っていく。

16時 家に帰るまで1時間ほどかかるし、早く帰りたくなったから帰った。

17時 家に帰ってきて、また冷蔵庫の水を飲んだ。誰かがペットボトルを冷蔵庫にしまっていたようだ。

以上。

「好きなように生きていく」を1日実践してみて

見返すと、なんでもない休日の1日を振り返っただけで、「好きなように生きてい」るようには見えない。。何の思い切りも、覚悟もない。。

キツツキ
ただの日記やん!

そもそもルールをもうけて制約を課しているところから実存主義には程遠いけれど、本来の「好きなことで生きていく」もルール無用なはずもないので、休日の1日を自由に過ごしたという意味では好きなことをしたのかもしれません。

でも「好きなこと」なんて結局この程度じゃ無いですか?何度も繰り返しますが、例えば、SNSや動画で好きなように言ったり、好きなことしたりして、お金を稼ぐことがみんなの「好きなこと」ではなくないですか?

ASA
結局それは「好きなこと」=SNSや動画=仕事、という無理やり感があるのかな

こんななんでも無い1日が多くの人の1日(休日)に似ているところ多いと思います。地元にいたって、海外にいたって、お金があったって、お金が無くったって、やっていることはあまり変わらないと思います。

つまり「好きなこと」というのはもっと些細なレベルの話で考えられるものです。

それは結局、「好きなこと」をすると言うのは、選択の量です。

この1日を振り返ると、選択をできるだけ排除しました。

朝、布団から出るか出ないか?ではなく、布団から出たくないので出なかったり、

お店に並ぶかあきらめるか?ではなく並びたくないので後にする、であったり。

できるだけ我慢を強いるような選択を排除することが「好きなこと」なのかもしれません。

ほら、これを読んでいる人も、休日はもちろん、日常でも選択をせずに行動をするときはありませんか?

意外とみんな些細なことで「好きなこと」をしているのです。

「好きなことで生きていく」を1日実践する価値

このような「好きなこと」は意識してやらないといけません。

直感を意識をする、という意外と頭を使う作業です。

ただただ「好きなこと」をするとただのわがままに陥ります。。。

そして好きなことをした1日を振り返ると、反省と感謝が生まれました。

冷蔵庫に片付けなかったペットボトルは家の人が片付けてくれたのだろうし、ネットで購入している重い荷物を日々運んでくれる運送会社の人や、客の理不尽を受け止めてくれる店員さんとか、好きなようにしたその行為は周りの人たちに支えられているんだなと気づかされました。

「好きなこと」をすることは、「好きなこと」をさせてくれている誰かが必ずいるのだと思います。

「好きなように生きていく」とは直感を頼りに選択の必要もなく行動できることなのでしょう。

そしてそれを振り返って反省しないで行動できるってことかもしれませんw人に迷惑をかけない範囲で。

仮に反省をしても、反省によって自分の直感をさらに洗練させることができると尚更よいかもしれません。

まとめ

「好きなように生きていく」を1日してみると、周りの人のありがたさがわかる、という結論です。

もちろんこれは日常では「好きなように生きてい」ないなという人が、休日を利用してそれを行って、その後に自分の行動を振り返られる人だけに当てはまります。

なので休日くらい直感を頼りに「好きなように生きていく」つまり、選択をしない行動をするべきかもしれません。そして反省と感謝をする。

そうするとまた翌日からの「好きなこと」ができない日常も見え方が違ってくるのかなと思います。

「好きなように生きていく」回数を増やし、何か1つ自分の直感を信じて続けていったその先に「好きなことで生きていく」=仕事も存在するのかもしれません。

そしてそんな「好きなことで生きていく」は、優しさのことかもしれません!

ASA
「不良とは、優しさのことではないかしら」(斜陽by太宰治)
斜陽 ─まんがで読破─

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