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エリザベス・ロフタス: 記憶が語るフィクション
ある冤罪事件の話
心理学者のエリザベスはスティーブ・タイタスという男性の訴訟事件にかかわりました。
それはタイタスが当時31歳、ワシントン州シアトル在住で婚約者と夕食をおえた夜、警察官にレイプの容疑で逮捕されました。
その事件はその日の夕方ある女性ヒッチハイカーがレイプされ、その犯人の車とタイタスの車が似ており、見た目も似ているということでした。
逮捕した警察はタイタスの写真を撮り、他の容疑者の写真とともに被害者に見せたところ、「この人(タイタス)が一番近い」と言いました。
それにより、警察と検察は逮捕・起訴、証言台で被害者は「この人(タイタス)で絶対間違いない」と言いました。
そして彼は刑務所へ行きました。
しかしタイタスは地元新聞社のジャーナリストに依頼し、真犯人が見つかり、彼はようやく釈放されることとなりました。
彼は当然に憤慨していました。
婚約者も失い、貯金も失って、警察を相手取り裁判を起こしている最中に、ストレス性の心臓発作で35歳で亡くなりました。
虚偽の記憶
エリザベスは心理学者で記憶の研究をしています。それは「忘れる」記憶ではなく、起きてもいないことを覚えていたり、実際とは違う風に覚えていたりといういわゆる「虚偽記憶」の研究をしています。
虚偽記憶で有罪となった人はタイタスだけではありません。
米国のあるプロジェクトで無実の罪に問われた300名の情報を集めました。
この300名は冤罪で、10年20年30年刑務所に入り、その後DNA鑑定で無罪が証明されました。
この結果4分の3は目撃者の「誤った記憶」が原因だったのです。
記憶はつくられる
多くの人が記憶というものを記録装置ー情報をそのまま記録し、それを呼び出して再生し、質問に答えたり、イメージを認識したりするものと考えています。
しかし記憶とは組み立てられ再構成されます。wikipediaのようなもので自ら書き換えたり、他人も書き換えたりできます。
質問の仕方で変わる記憶
エリザベスが過去に行った実験です。
まず被験者に模擬事故を見せ、以下のように2つの質問をそれぞれ違う人たちにしました。
1.「車が『ぶつかった』速度はどれくらいか?」
2.「車が『激突した』速度はどれくらいか?」
その質問に対するそれぞれの答えはこうなったのです。
1.「34mph(マイル/時、およそ時速55km)」
2.「41mph(マイル/時、およそ時速66km)」
質問の仕方だけで、速度が変わったのです。
「激突」という言葉で質問をしたとき証言する車の速度は上がり、さらに、実際、ガラスは割れていないにも関わらず、事故現場でガラスが割れているのを見たと言い出すのです。
別の研究では車が一時停止の標識がある交差点を突っ切る模擬事故を見せました。
しかしそこには徐行の標識があったことをほのめかす質問をすると多くの人は交差点には徐行の標識があり、一時停止の標識ではなかったと言ったのです。
また別の研究で、被験者は米軍に属し、悲惨な訓練に耐えている人たちで、戦争捕虜としてとらえられることがどんなものか学ぶための訓練です。
この訓練の過程で被験者は30分間肉体的虐待を含む攻撃的で厳しい尋問を受け、その後尋問をした人を特定する指示がされます。
その際に尋問者とは別の人物を暗示する情報を与えると、多くの被験者が尋問した人を間違えました。それはしばしば実際の人とは似ても似つかない人を選ぶこともありました。
これらの研究では、経験した事実について誤った情報を与えると、人の記憶を歪曲したり、ねつ造したりと変えてしまうことが可能だということでした。
現実世界は 誤った情報であふれており、私たちが誤情報に触れるのはこんな誘導尋問をされるときだけではありません。
相手が意識的にあるいは何の気なしに言うこと、それは情報が誤っていることもあったり、また経験していてもおかしくないことをメディアの報道を通じて見ることで自分の記憶は歪められたりする可能性があるということです。
もっと危険な記憶の誤り
さらにこんな事例があります。
うつや摂食障害などの問題で心理療法を受けた患者が、治療を終えると別の問題を抱えるようになっていました。
それは悪魔崇拝儀式や本当に異様な要素を含むこともあるおぞましい虐待に関する常軌を逸した記憶でした。
心理療法を終えたある女性は何年も虐待を受け、妊娠さらには堕胎もしたと信じ切っていました。
しかしそれを裏付ける傷跡やその他の身体的証拠はなかったのです。
そのほとんどのケースで、ある特殊な心理療法が行われていたのです。
この心理療法で行われている、想像訓練や夢判断、催眠や虚偽情報にさらすことが患者に奇妙でありえない記憶を作らせているのではないか、とエリザベスは考えました。
虚偽記憶を植え付ける実験
上記のように問題になっていた心理療法から着想した手法で、ある種の暗示を使い被験者に虚偽の記憶を植え付けました。それは子どものとき、ショッピングモールで迷子になって怖くて泣いていたら、お年寄りに助けられ家族に再開できるという話です。
これは被験者の4分の1の人に植え付けることができました。
他にもストレスのかかるような実験が世界各地で行われ、子どものころにおぼれかけた記憶や、獰猛な動物に襲われた記憶、また悪魔憑きを目撃した記憶などの植え付けの実験をして、多くの人に成功しました。
(これらの実験はまるで科学という名のもとにトラウマを与えているようだが、 この研究は研究倫理委員会の精査を受け、承認されたものです。)
実験により被験者は一時的に不快感を抱くかもしれないが、これらの研究により記憶の過程を理解し、記憶の悪用問題を解決するために必要だと判断されたものです。
実験により嫌がらせを受ける
しかしこの実験を行い心理療法に異論を唱えたエリザベスは、主にそれを自分たちへの攻撃と捉えた抑圧記憶のセラピスト、さらにその影響を受けた患者から嫌がらせを受けました。
また娘に性的虐待で非難されていた母親の無実を主張したときには、5年にも及ぶ泥沼の裁判問題になりました。
その根拠は抑圧された記憶であり、エリザベスは調査により、母親の無実を確信しその暴露記事を書くと、その娘が訴訟を起こしたのです。
それはアメリカの悪しき風潮で、世間で大論争になっていることを 話題にしただけで科学者が訴えられるという風潮に巻き込まれたことでもあります。
記憶を植え付ける是非
虚偽記憶は植え付けが可能でその記憶が根付いた後は長期に渡って行動に影響を及ぼすことができます。
実験で、子どものときゆで卵やピクルス苺のアイスという食べ物で具合が悪くなったという虚偽記憶を植えたあと、被験者を食事に招くとこれらの食べ物を 以前ほど食べなくなることがわかりました。
それではこのような記憶の植え付けは使用を禁止するべきか?
セラピストは倫理上、その使用は禁じられます。
しかし親が肥満の子に使うことは止められていないのでは?
それはサンタクロースの存在のように。
セラピストはだめでも、親が子供のためを思って、ある記憶を植え付けるのは倫理上の問題以上の話ではないのだろうか。
エリザベスは言います。
しっかり留めておくべきは記憶は自由と同じではかないものだということを。
冒頭のタイタスのような事件が存在すること、また誰かが自信たっぷりに話すことも事実とは限らなく、また誰かの記憶違いに寛容になるということも含めて。
まとめ
数々の冤罪事件。
脅迫的な取り調べの末に容疑者が自白する、という流れは一種の記憶植え付けなのかもしれません。
記憶が作られ、操作できるという怖さは日常に蔓延しています。
それが冗談のような話であれば、笑って過ごせるかもしれませんが、時に冤罪事件のように笑って過ごすことができないことにもなりえます。
忘れるだけではなく、間違ったことを覚えるという記憶。
その事実を知ることで、全てを信じるのではなく、よく考えて事実を受け入れるということが大切なのでしょう。
そういえば、こういった記憶の誤りは江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」にあるミュンスターベルヒの『心理学と犯罪』というものにも出てきますね。
どんなに賢い学者でも記憶は不確かということはもう100年以上も前から言われていること。
それは記憶の悪い所ではなく、人間の記憶とは到底そういうものだとして、「記憶」と付き合っていきたいものです。
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