【TED】「ユナ・リー: 北朝鮮での拘束生活で、見えてきたもの」まとめ

ユナ・リー: 北朝鮮での拘束生活で、見えてきたもの

北朝鮮で140日間拘束されて見た北朝鮮の真実、人とその後についてのお話。

北朝鮮に捕まった日

2009317日のこと、その日からユナの人生は180度変わりました。

 

当時彼女たちは人間らしい生活すらかなわない中国の脱北者の姿を追いドキュメンタリーを制作のために北朝鮮の国境にいて、それは撮影最終日のこと。

 

そこには鉄条網も柵も国境を示すものは何も無く、でもそこが多くの脱北者が使う逃避経路で、まだ冬で川も凍り、その川の真ん中で撮影をしていました。

 

突然、取材班の1人が「兵士だ!」 と叫びました。

 

振り向くと緑色の制服を着て、ライフル銃を持った2人の小さな兵士が追いかけてきて、彼女たちは全速力で走りました。

 

中国側の国土に 両足を踏み入れさえすれば安全だとも考え、彼女はなんとか中国に入りましたが、同僚の1人が膝からくずれるのを見ました。

 

一瞬、何をどうすればいいのか分かりませんでしたが置いては行けないと思ったのです。

 

「ユナ、脚の感覚がない」と言ったのです。

 

あっという間に彼女たちは2人の北朝鮮兵に囲まれ、陸軍基地に連行しようとしていました。

 

助けてほしいと懇願し、銃を持ち訓練された兵士に対して、彼女は果敢に挑み、兵士の目をじっと見ました。

 

兵士はまだ子ども。

 

その瞬間、兵士はライフル銃を振りかざし、ぶとうとしました。

 

でも彼にはためらう様子が見て取れ、目は小刻みに動きライフル銃も宙に浮いたまま。

 

陸軍基地に到着したときユナは最悪の事態に備え、頭の中で必死に考えていたのですが、同僚が口にしたことは何の助けにもなりませんでした。

 

「私たちは敵ね」と言ったのです。

 

確かにそのとおりで彼女たちは捕まえた相手の敵で、ずっと恐怖に震えるはずでした。

 

しかし奇妙な出来事が続きました。

 

役人にコートを貰う

このとき、ある北朝鮮の役人が自分のコートを差し出してくれました。

 

凍った川の上で兵士の1人ともみあっているうちにユナがコートをなくしていたからです。

 

なぜこれが奇妙なのか?

 

彼女が育った韓国では北朝鮮はいつも敵とされ、北と南は朝鮮戦争の終結以来 63年間休戦状態にあります。

 

80年代、90年代に韓国で育った人たちは北朝鮮に対するプロパガンダを教え込まれてきました。

 

生々しい話もたくさんあります。

 

小さな男の子が 「共産主義者は嫌いだ」と言っただけで北朝鮮のスパイに 無残な殺され方をした、というような。

 

アニメ番組にも、韓国人の男の子が丸々と太った赤い豚を打ち負かす話があります。

TED「ユナ・リー: 北朝鮮での拘束生活で、見えてきたもの」より

この豚は当時の北朝鮮の初代最高指導者を表しており、こうした恐ろしい話で幼い心に植え付けられた言葉が 「敵」。

 

そしていつしか北朝鮮に住む人たちを北朝鮮政府と同一視するようになっていました。

 

看守からの差し入れ

独房に入れられて2日目のこと。

 

ユナは国境に出たときから一睡もしていませんでした。

 

若い看守がやって来て小さなゆで卵を差し出して言いました。

 

「これを食べたら力がつくから」

 

敵の手中にありながらささやかな親切を受けること。

 

彼女は親切にされるたびにこの優しさの後には、最悪の事態が待っているんだと思っていました。

 

彼女が緊張しているのに気づいた役人はこう言いました。

 

「私たちが皆あの赤い豚のようだと思ってるのか?」

 

それはさきほどのアニメのこと。

 

拘束の間、毎日精神的な戦いを強いられ、尋問官は机の前に座らせ週6日間彼女の旅程や仕事について、彼らがほしい証言を書くまで何度も何度も書かせました。

 

3か月の勾留ののち北朝鮮の裁判所は判決を下し、労働教化刑12年が言い渡されました。

 

ユナは自室でただ座って移送を待っていました。

 

そのとき本当に何もすることがなく女性看守2人のことを注意深く見て2人の会話を聞いていました。

 

年上の方の看守Aは英語を勉強していたようで、裕福な家庭の出身らしくきれいな色のワンピースをよく着てきては見せびらかしていました。

 

もう1人の若い看守Bはすごく歌がうまい子で、十八番がセリーヌ・ディオン 『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』で、時々嫌になるくらい歌い、意図せず彼女を苦しめていました。

 

普通の女の子たち

この看守は朝、すごい時間をかけてメイクをしていました。

 

それは普通の若い女の子と同じようでした。

 

それから2人は番組としてより質の高い中国制作のドラマが大好きで、あるとき看守Bが

 

「これを見たら自国のテレビ番組なんて見る気がしないわ」

 

と言って怒られていました。

 

自国のテレビ番組をけなしてはいけないから。

 

看守Bは年上の看守Aよりも自由な考え方をしていて自分の考えを口に出してはよく怒られていました。

 

あるとき看守の2人は女性の同僚をみんな集めて、勾留施設にやって来て、ユナも看守の部屋に呼ばれ、尋ねられました。

 

「アメリカでは一夜限りの関係って本当にあるの?」

 

北朝鮮は若い男女が公の場で手をつなぐことさえ許されない国。

 

こんな情報をどこで仕入れたのか分かりませんが、ユナがその質問に何か言う前から看守の彼女たちは恥ずかしそうにくすくす笑っていました。

 

誰もが囚人を目の前にしていることを忘れているように。

 

この看守たちも同じようなアニメを見て育っていました。

 

ただプロパガンダが韓国とアメリカに向けられているというだけ。

 

ここの人々の怒りがどこから来るのか分かってきました。

 

この看守たちがユナたちが敵だと教えられて育てば、ユナたちを嫌うようになって当然。

 

それはユナが看守らを怖がるのと同じこと。

 

でもあのときだけはユナはただの女の子同士同じ関心事について語り合っていました。

 

お互いを隔てるイデオロギーを超越したところにいたのです。

 

ユナは帰国してからTV局の当時の上司にこの体験について話したところ開口一番に言われたのがこれ。

 

「ストックホルム症候群って知っているか?」

 

あの恐怖、脅されるときの感情、そして尋問者との間で高まる緊張、話が政治に及ぶといつもそうでした。

 

お互いに乗り越えられない壁がそこにはありました。

 

でも人間同士でいられる時間も確かにあったのです。

 

家族のことや日々の生活、子どもたちの将来の大切さを語り合うときです。

 

北朝鮮を離れる時

帰国する1か月ほど前、ユナはひどく体調を崩しました。

 

さきほどの看守Bが部屋にさよならを言いに来てくれました。

 

彼女は拘置所を去ることになったからです。

 

彼女は誰からも見らず、聞かれていないことを確認し、静かに言ったのです。

 

「体調が良くなって、家族のもとにすぐ戻れると良いわね」

 

ユナにコートを差し出してくれた役人、ゆで卵をくれた看守、アメリカでの恋愛事情を尋ねた女性看守たち。

 

それは、彼女が北朝鮮と聞いて思い出す人たちで、同じような人間です。

 

今彼女は家に帰り普段の生活に戻り、北朝鮮の人たちの記憶は時間とともに薄れてきました。

 

そしてメディアでアメリカを挑発する北朝鮮について見聞きし、それにより北朝鮮の人たちをまた敵だと考えてしまいそうになります。

 

だから彼女はあの場所にいたときのことを思い起こすのです。

 

あのとき敵の目の中に見たのは憎しみよりも人間らしさだったということを。

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