「ポール・ザック:信頼と道徳性、そしてオキシトシン」
目次
道徳は人間に固有の特徴
人間は道徳感情を発達させた地球上の唯一の生き物、
私たちは社会的動物として道徳に高い関心を持ち、他人の行動の理由を知りたがります。
そんな道徳に化学というものがあるのか?また道徳の化学の分子は存在するのか?
オキシトシン
そんな道徳に関わる化学物質として、10年以上の実験を経て発見されたのがオキシトシン。
オキシトシンは哺乳類のみに見られ、人間では出産や授乳を容易にし性行為の際に男女ともに分泌されるという事実のみが知られているものです。
以下はそんなオキシトシンに関わる調査や実験についての話です。
「信頼」のプロジェクト
道徳の化学物質の測定は壮大なプロジェクトで、まずは「信頼」というひとつの徳から研究が始められました。
2000年代の初めに信頼できる人が多い国家はより繁栄することが分かりました。
こうした国では経済活動が盛んで富が築かれ貧困が緩和されており、反対に貧困国は信頼が低いと言えるのです。
それはつまり信頼の化学を理解できれば貧困の緩和に貢献できるかもしれないのです。
「道徳的ならお金をあげる」 という実験
そこでこんな実験。
まず実験に参加したら被験者へ10ドルをあげます。
それからコンピューターで被験者のペアを作り、ペアのひとりへ「その報酬10ドルのうち、いくらかをこの実験室の誰かにあげたい?」 というメッセージを送る。
そこでは相手の姿が見られず話もできず、受け渡しは一度だけ。
そして自分が手放したお金は相手の人がその3倍で受け取ることができる。
受け取った相手は 「ある人がお金をあなたに送りましたが、それをすべて持っておきますか? それともいくらかを相手に返しますか?」 というメッセージを受け取ります。
果たして実験結果は?
実験結果
実験ではなんと90%の人が相手にお金を送り、また受け取った人の95%がいくらかを送り返したのです。
なぜそうしたのか?
オキシトシンの量を測定すると相手の受け取る金額が多いほどより多くのオキシトシンが分泌され、
その分泌が多いほどより多くのお金が戻されることがわかったのです。
オキシトシンを注入する実験
そしてこの実験を捕捉するため、脳内のオキシトシンを直接操作するために脳にオキシトシンを送り込むことを試みました。
200人の被験者にオキシトシンもしくはプラシーボを鼻吸入器で注入し同様の実験を行うと、
オキシトシンを吸入した被験者がより多くの信頼を示し、通常の2倍の人が気分や認識を変えずに、
相手にすべてのお金を送ったのです 。
お金とオキシトシン
オキシトシンは信頼の分子だとわかりました。
さらに道徳分子と言えるためにさらに多くの実験を行いました。
オキシトシンの投与により、一方的にお金を贈与する金額は80%増大、慈善への寄付は50%増大しました。
また薬物投与以外の方法、マッサージ、ダンス、祈りなどでオキシトシンを増加させる試みも有効でした。
オキシトシンが増えると人はよろこんで財布を開け、知らない人にも気前が良くなるのです。
オキシトシン=共感
脳内でオキシトシンが分泌される、とはどういうん気持ちなのでしょう?
この問いを明らかにするために、父と末期がんの4歳の息子の動画を被験者に見せるという実験を行い、鑑賞後に被験者に感情を評価してもらう、また動画の前後に血液を採取しオキシトシンを測定しました。
そこにあらわれた感情は「共感」でした。
オキシトシン量の変化から共感をどれほど感じているかわかりました。
共感こそが人を他者と結びつけ、共感こそが私たちを人助けへと駆り立てる、つまり共感があって私たちは道徳的でありうるのです 。
心理学者アダム・スミス
この考えは昔からあります。
当時無名の心理学者だったアダム・スミスは 1759年に書かれた「道徳感情論」で、私たちが道徳的生物なのは生まれついての性質ではなく、経験から学んだことだ、と述べています。
また我々は社会的生物であるので感情を他者と共有する、なのでもし相手を傷つけると自分も苦しいのでそれを避ける傾向がある。
もし相手を喜ばせたら自分も感じたいと思う。ヒトにはこういう傾向があります。
彼がその17年後に経済学の先駆的な著作「国富論」を著しました。
アダム・スミスは実は道徳を研究する心理学者で私たちが道徳的である理由について考えていたのです。
オキシトシンはその道徳に関わる分子の発見なのです。
それにより、いかにして道徳的行為があらわれ、何がこれを消滅させるかがわかります。
それはまた反対になぜ不道徳が現われるのかもわかります 。
詐欺の手口
不道徳については以下の1980年のポール自身の体験から。
彼がカリフォルニアのサンタバーバラ郊外のガソリンスタンドで働いていたとき。
ある日曜の午後、一人の男性がきれいな宝石箱を手にレジへ歩いてきました。
箱には真珠のネックレス。
するとそこに電話が鳴りました。電話の相手は興奮して言いました。
と男に告げる。
ポールはまだ高校生でどうすればいいかわかりません。
これは信用詐欺という詐欺師の常套手段です。
詐欺というのは詐欺師が相手に信じ込ませるのではなく相手のことを信じたようにみせかけることでうまくいくのです。
つまりは騙される人の脳内でオキシトシンが分泌され、つい財布を開けお金をあげてしまうのです。
オキシトシンが無い人
このようにオキシトシンを巧みに操作する人(詐欺師など)とは誰なのか?
調査では人口の5%の人は刺激があってもオキシトシンを分泌せず、そんな人は信頼されてもオキシトシンを分泌しないのです。
そんな人はそこにお金があれば全部それを取ってしまい、またこうした人は多くの精神病の特質も持っています。
オキシトシンが抑制される場合
オキシトシンの分泌系は多様な方法で抑制されます。
ひとつは不適当な養育です。
調査では、性的虐待を受けた女性の約半数は刺激されてもオキシトシンを分泌しません。
この分泌系をはぐくむにはきちんとした養育が必須です。
また極度のストレスもオキシトシンを抑制します。
他にオキシトシンが抑制される面白いケースはテストステロンの働きです。
実験で男性にテストステロンを投与すると自己中心的になります。
しかし面白いことに、反対にテストステロンの多い男性は自己中心的な人を懲らしめるのに大金をはたく傾向があります。
つまり私たちは生物学的に道徳感の陰陽を持ち、体内には他者と繋ぐオキシトシンがあり、共感を起こさせる一方でテストステロンもあるのです。
このテストステロン、男性は女性の10倍あります。
この働きにより男性は女性よりも不道徳な人に厳しい傾向がある。
つまり神や政府に指図されなくても私たちの内面がそうさせるのです。
人が結婚式をする理由
以上のことが日常生活でそう言えるかどうか確かめる調査で、ある結婚式の宣誓の前とすぐ後の花嫁と花婿また家族や友人のおよそ200人の血液を採取しました。
結婚式はオキシトシンを分泌させます。
それには特色があり、結婚式の中心である新婦が一番オキシトシンを分泌し、新婦と同じぐらい結婚を喜んでいるのは新婦の母でオキシトシン量が二番目です。
そして新郎の父、新郎、家族、友人と続きます。太陽の周りの惑星のように新婦の周りに配置され、参列者と新婚夫婦を感情的に結びつけるためにこうした儀式を行ってきたのでしょう。
それは種の永続の為に新郎新婦が無事に子孫をつくっていくことが必要だからではないでしょうか。
オキシトシンが分泌する時
オキシトシンの分泌は、他者と繋がる時。
例えば高度約3600メートルで命綱を人に預けてのスカイダイビングの前後でもオキシトシンの大量分泌が見られました。
自分を他者と繋げる方法はいろいろで他にはSNSの役割を調べてみると、その利用でオキシトシンの分泌量を大幅に引き上げることがわかったのです。
他者とつながる方法はいくらでもあります。
1日8回のハグ
オキシトシンは私たちを他者とつなげ、共感を高めます。
人の脳内でそのオキシトシンを放出させるのに非常に容易な方法はハグです。
オキシトシンの量が多い人ほど幸せであるとわかっています。
それはあらゆる人間関係をより円滑に保てるからです。
1日ハグ8回でもっと幸せになり世界はより良いものになるでしょう。