夜行バスで怒鳴るおじさん
ある日夜行バスで大阪から東京へ行った。
夜行バスは大阪から東京まで1万円くらい、夜中走って寝てたら行ける。
お金の無かった学生時代、時間はかかるが有り難い乗り物だ、と思っていた。
夜の11時。
大阪駅のバス停へ。
めちゃくちゃたくさんのバス。
「アルマジロ交通」というもうふざけているとしか思えないバス会社。
飽和状態のバス会社の中で少しでも目立とうと思ったら、こんな名前になるのだろう。それにしてもアルマジロって遅そう。頑丈ではあるけれど。
そんなふざけた名前の会社だけど、バスにアルマジロが書かれているわけでもなく、めちゃくちゃ探した。
「アルマジロバス、出ますよ」
大学生の男の大きな声。
タンクトップを着た屈強なジャーヘッドの大学生がそう叫んでいた。
「あ、乗ります」
手をあげて彼に言うと、
「早くして」
格安バスのアルバイト大学生。
こんなものかと諦める。いきなりのタメ口だ。敬語を使えとは言わないけれど、一応客だろ、と思う気持ちがわかる一言だった。
「すみません」
そう答える僕は優しいのだ。
激狭い車内
さて荷物を預けて、バスに乗車。
狭い。
普通のバスではあるが、ここで一晩過ごすと思うとかなり辛い。
2列シートと2列シートの間に歩くスペースのある普通のバス。
バスの一番後ろにトイレがある。
10列目のB席。
通路側しか空いていなかった。
「こんばんは」
窓際にはオールバックのおじさん。
夜なのにサングラスをかけて、黒いシャツに黒いズボン。
口周りにヒゲを蓄えていた。
ミスターマリックさんだった。
いやそっくりだっただけのはず。
ミスターマリックさんが夜行バスに乗るわけがない。
僕の挨拶には何も答えず、体制を少し変えて窓の方を向いただけだった。
感じ悪っ。
でも8時間くらいこの人の隣だ。
ミスターマリックさんにそっくりなんだ。だから悪い人じゃないはず。
怒号
バスが動き出した。
目指せ東京!といっても夜行バスは眠るだけ。
スマホいじったり、音楽聞いたりはできるけど基本動けない。
どうやら今日は満員で空席はないようだ。
動き出したころはワイワイと賑やかだった。ワイワイなんて書くけど、みんなきちんと言葉を話している。それでもワイワイって聞こえるのは何故だろう。
次第にワイワイは、雨上がりのように静かになっていく。
車内の電気も消灯され、スマホのホタルたちも消えていく。
僕もスマホをやめて、スワヒリ語講座を聞き始めた。
このころスワヒリに行きたいと思い、習っていたけど、後になってスワヒリなんて国は無いことを知った。僕は馬鹿だった。夜行バスに乗った僕は馬鹿だった。
「うるせえぞこの野郎!」
次第に僕は眠たくなり、うとうとしていた。スワヒリながらうとうと。ほぼ垂直の座席は眠りにくいけど、満席の車内で、前の座席との隙間も狭くて、席を倒すのは気が引けた。
「ちょっと前によせてもらえませんか?」
イヤホン越しにはっきりそう聞こえた。
「狭いので席を戻してください」
どうやら斜め後ろ。ミスターマリックさんの後ろの人が喋っている。
「ああ!?」
ミスターマリックさんが野太い声で後ろを向いた。
「倒したら狭いんで」
後ろには若い女性が座っていた。
親子喧嘩!?
黄緑色の髪にコーンロウ。日焼けした肌に少しぽっちゃりした人。
毅然とした態度でミスターマリックさんにそう言っていた。
どうやらミスターマリックさんは眠るために席をマックスで倒していたようだ。
「なんだとこの野郎!席倒して何が悪い!?このブ◯!」
ブ◯は言い過ぎだろうと思ったけれど、倒さずに一夜を過ごすのは確かにつらい。
でもミスターマリックさんは席を全開に倒しているから後ろの人が辛いのも分かる。
「いやでも狭いんで。そんなに倒されたら動けなくなるんで」
後ろの女性は、、、てかルナさんではないか!?
ミスターマリックの娘さん。どう見てもそうだ。いやこんなことあるか!?
「それはお前がブ◯だからだろう!?みんな席倒してるじゃねえか」
「私の体格は関係ないです。もう少しだけ前に戻して欲しいだけです」
ルナさんはやはり毅然とした態度でそう言った。
激昂するミスターマリックさんと超冷静なルナさん。
「だからうるせえ。戻して寝られるか」
「だから、、、」
とそのやりとりは一晩中続いた。
僕の後ろの人も迷惑していただろう。
バスには添乗員のような人もいなくて、乗車しているのは学生のような人がほとんど。
誰もこの親子喧嘩、、、いや揉め事を止められなかった。
ロクでもない格安夜行バスの話。そっくりさん同士の喧嘩が、まるで親子喧嘩のようになるというありえないシチュエーションだったけれど、僕はそれ以来、格安夜行バスには載っていない。
コメントを残す