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ロバート・サポルスキー:最善の自己と最悪の自己の生物学
目次
暴力的であり、そうでもない
私はナチ親衛隊を倒し、機関銃を手に彼の秘密の防空壕に突入する。
彼は拳銃に急いで手を伸ばし、私が拳銃をその手から払い落すと、
次に彼は青酸カリに急いで手を伸ばす。私はそれも払い落とす。
彼は唸りながら、精一杯、私に向かってくるが、
取っ組み合って戦い、私はどうにか彼を捻じ伏せて手錠をはめてこう言う。
「アドルフ・ヒトラー!人類に対する罪でお前を逮捕する」
勲章ものの空想はここで終わり。
ここからはもっとひどいものになります。
捕まえた彼をどうしてやろうか。
首を切断し、道具で両目をくり抜く。
鼓膜に穴を開けて、さらに舌を切る。
人工呼吸器をつけて、生かし、経管栄養を与え、言葉、運動機能、視覚、聴覚を奪って 感覚だけを残す。
それから癌性物質を投与、皮膚はただれ、化膿する。
やがて身体中の細胞が苦痛に悲鳴を上げる。
彼には一秒一秒が、永遠の地獄のように感じられるだろう。
ヒトラーをこうしてやろう。
以上はロバートが子どものころから抱いてきた空想です。
しかしここに問題があります。
ロバートは本当のところは魂や悪が存在するとは思っておらず、
悪漢というものはミュージカルの登場人物だけだと思っています。
殺されてしまえと思う人もいるが、死刑制度には反対。
低俗な暴力映画は好きだが、銃規制の強化には賛成。
しかしレーザー銃のサバイバルゲームで人を狙い撃って大いに楽しんだこともある。
ロバートは(そして多くの人も)暴力の見方は一貫していません。
正しい暴力
現在、種としての人類は、明らかに暴力の問題を抱えています。
シャワーヘッドから毒ガスを流したり、炭疽菌の手紙を送ったり、飛行機を武器にしたり、軍事作戦として集団レイプをしたり。
人類は哀れなほどに暴力的な種です。
事態が複雑なのは、私達は暴力を憎んでいるのではなく、暴力の悪用を憎んでいること。
暴力が正しく行使される時、私達は声援を送り、暴力を支持さえします。
正しい暴力が好きなのです。
そしてもう一つ複雑なことは、このように暴力的なだけでなく、並外れて利他的で思いやりのある種であることです。
このような人間の最善で、最悪で、そしてその間の曖昧な行動。
このようなあらゆる行動を生物学的にどう理解したらよいのでしょうか?
1秒前から数百年前にさかのぼる行動の背景
まず行動を運動的に理解すると脳が脊髄や筋肉に指令を与え、
人間はその行動を遂行します。
しかし行動の意味を理解することは難しいことです。
引き金を引くことが恐ろしいことにもなれば、英雄的自己犠牲なることもある。
誰かの手の上に自分の手を置くことが、深い哀れみになる場合もあれば、
深い裏切りになる場合もある。
難しいのは、行動の背景にある文脈を生物学的に理解すること、これは本当に難しいことなのです。
一つはっきりしていることは、特定の脳の部位やホルモン、
遺伝子や子ども時代の体験あるいは進化のメカニズムが全てを説明してくれるわけではなく、
そのようにあらゆる行動には多層的な理由があるということです。
何がこの行動を起こしたのか?
以下は1つの例です。
あなたは銃を握っている。
周りでは事件が生じ、暴力行為が行なわれ、人々が走り回っている。
そこで知らない人が、興奮してあなたに向かって走って来る。
怯えているのか、脅しているのか、怒っているのか、表情からは判然としない。
拳銃のようなものを手に持っているようだが、はっきりしない。
その人がさらに近づいてきたとき、あなたは手にした銃の引き金を引く。
しかしその人が手に持っていたものは携帯電話だと分かる。
これに伴う生物学的な問い、「何がこの行動を起こしたのか?」
これには多くの問いが含まれています。
これからこの行動に関連する要因を数百年前にまで遡って見ていきます。
引き金を引く1秒前
脳では何が起こっていたのか?
これはまず脳の扁桃体と呼ばれる領域について。
扁桃体は暴力行為や恐怖心の中心で、情報を伝達し引き金を引かせます。
数秒前から数分前、何が扁桃体に影響を及ぼしたのか?
まず暴動の光景や音の存在が考えられます。
加えて、携帯電話を拳銃と間違えやすいのは、その知らない人間が、男性で大柄で異人種の場合です。
さらに苦痛だったり、空腹だったり、疲れていたりすると、
前頭皮質、そこは「あれは本当に拳銃か?」と扁桃体に確認を促す役割を持つ脳の部位、が上手く機能しません。
数時間前から数日前のホルモン状態
さらに時間を遡ります。
例えばテストステロン。それは性別に関わらず、血中のテストステロン値が上昇すると、
他人の無表情な顔が脅迫的な表情に見える傾向があります。
テストステロンやストレスホルモンの値が高くなると、扁桃体が普段より活発に働き、前頭皮質の働きが鈍くなります。
数週間前から数ヶ月前の神経可塑性
脳は体験に応じて変化することがあり、何カ月もストレスやトラウマを抱えていると扁桃体は拡大しているでしょう。
ニューロンは通常より興奮し易い状態で、前頭皮質は委縮していることでしょう。
これらが多層的にあの瞬間に起こることです。
青年期
さらに何年も時間を遡ります。
青年期の脳について重要なことは、フル稼働していても前頭皮質はまだ未熟な状態なのです。
前頭皮質は25歳頃になるまでまだ成熟していません。
このように、青年期と成人期の初期は環境や体験が前頭皮質に働きかけ、
先ほどのような状況で、大人の脳として求められる脳を形成している時期です。
幼少期と胎児期
さらに時間を遡ります。
当然、幼少期と胎児期は脳の形成期であり、この時期の体験はいわゆるエピジェネティック(DNA配列によらない遺伝子発現の制御、伝達システム)な変化をもたらします。
例えば、胎児期に母親を通じてたくさんのストレスホルモンに晒されると、
エピジェネティック的変化が起こり、後の成人期に扁桃体が通常より興奮しやすくなり、
ストレスホルモン値も高くなるのです。
遺伝子のあつまりのころ
さらにさらに遡ります。
遺伝子は非常に重要だが、正確には遺伝子が何かを決定するわけではありません。遺伝子は異なる環境では、
異なる働きをするものだから。
例えば、「MAO-A(モノアミン酸化酵素A)」と呼ばれる遺伝子多様体、
この遺伝子多様体がある人は、ただしそれは子どもの頃虐待を受けたことがある場合に限ってのことですが、
反社会的暴力行為を犯す確率が非常に高くなります。
遺伝子と環境はこのように相互に影響を与え合い、銃の引き金を引く直前に起こることには、
生涯にわたる遺伝子と環境の相互作用が反映されているのです。
あなたの先祖のころ
もっと時間を遡ります。
あなたの先祖は何をしていたのでしょうか。
もし遊牧民だった場合。
遊牧民は砂漠や草原で生活し、ラクダや牛や山羊の群れを連れて暮らし、おそらく名誉を重んじる文化を築き上げていたことでしょう。
いくつかの戦士階級があり、仕返しや氏族間の抗争もあったでしょう。
それは驚くべきことに何世紀後になっても、その時の文化は子孫の生育環境における価値観に影響を及ぼすのです。
数百万年前
霊長類の種のそれぞれのパターンについて、進化で攻撃性が極端に低くなった種もあれば、全く反対に進化した種もあります。
その中間に漂っているのが人間なのです。
この明確に定義し難い、支離滅裂な種である人間は、どちらの性質にも振れる可能性があります。
行動は複雑であるということ
基本的にここで分かったことは、ある行動について理解したければ、
それが酷い行動であれ、素晴らしい行動であれ、その中間のような行動であれ、
その一秒前から百万年前までに起こったあらゆることを、その中間に起こったことも含めて、
考慮に入れなくてはならないのです。
それはつまり行動は複雑であるということなのです。
複雑なので、厳しい批判的な眼で見ている行動の理由を決めつける前には、尚更よく注意して考えるべきなのです。
行動には変化が伴うということ
そして行動には生態系や文化などの変化が見られます。
数千年前、サハラ砂漠は緑豊かでした。
また17世紀ヨーロッパで最も恐ろしい民族はスウェーデン人でヨーロッパ各地で暴れ回っていましたが、今では200年間戦争が起きていません。
さらに脳も変化します。
ニューロンが新しいプロセスを発達させ、従来の回路は切断されます。
変化を起こした人物たち
ジョン・ニュートン
イギリスの神学者で、1800年代初頭大英帝国の奴隷制廃止に中心的役割を果たしました。
しかし彼は若い頃、十数年も奴隷船の船長を勤め、奴隷商売に投資して財を成したていたのです。
彼の中で何かが変わったのです。
最も良く知られるのは彼が作詞した讃美歌 『Amazing Grace』で、そこで自身の変化を讃えています。
阿部善次
戦時中、真珠湾攻撃などあらゆる戦地に海軍の兵士として参加。
戦後、老齢に達すると、真珠湾攻撃の生存者達が集まる現地の式典に参加し、
たどたどしい英語で若い頃の自らの行為を謝罪したのです。
1914年の第一次大戦中のクリスマス休戦
英国軍及びドイツ軍両軍の上層部は、兵士達に陣地の中間地帯から遺体を回収させるため、
短期間の停戦交渉をし、まもなく両軍の兵士はその作業にとりかかりましたが、
その後次第に互いに助け合い、遺体を運びやがて、共に凍てついた大地に墓穴を掘り、
一同で祈りを捧げ、クリスマスも共に過ごし、贈り物を交換し、
次の日には一緒にサッカーをして、 戦争が終わったら再会できるようにと住所交換までしたのです。
この停戦は将校達が到着して 「殺し合いを始めないと撃つぞ」 と言うまで続きました。
ヒュー・トンプソン
ベトナム戦争での最も恐ろしい出来事、ソンミ村虐殺事件。
アメリカ軍の一部隊が民間人の大勢いる村に侵入し、350人とも500人ともいわれる村民を、
女性や子供達は集団レイプし、身体を切断し、虐殺しました。
事件が起こった事実もさることながら、アメリカ政府がそれを否定し、
結局はぬるい処罰しかしませんでした。
ヒュー・トンプソンはソンミ村の虐殺を止めた人物です。
彼はアメリカ兵達が赤ん坊や老婆を銃撃しているのを見ました。
何が起こっているのかを理解してヘリコプターに乗り込み、
生き残った村人とアメリカ兵達との間に着陸させ、
同胞のアメリカ人達に機関銃を向け、「殺害を止めなければお前らを残らず撃ち殺す」と言いました。
変化をとげた人間から学ぶ
こうした人達は何も特別ではなく 、同じニューロン、同じ神経化学物質、同じ生物学に基づいています。
歴史を学ばない人は 歴史を繰り返すことになる。
この言葉はよく聞きますが、この逆になります。
最悪から最善の行動へと人を変容させる生物学的要因を学ばなければ、
こうした輝かしい崇高な瞬間を、驚くべき変化を遂げた人間の歴史を繰り返すことができないのです。
まとめ
生物学的にみる人間の暴力性。
小さくとも大きくとも誰にでもある暴力的な面。
それは自分の体調から遡り、先祖の話にまで遡って考えることができる要因があることは、スケールの大きい話でした。
どこに原因があるというわけでもなく、すべてが関わってその行為に及んでいる。
暴力を無くそうとすることは先が長い話ですが、これまでに変化をとげた素晴らしい人の話はそのきっかけとしては大きな材料になりそうです。
まだまだ他にも歴史的に名前の残る人たちは、生物学的にももちろん、その他の要因からも人間性を学べることは間違いなさそうです。
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