1.「今朝、目が覚めて、洗面所で歯を磨いた。するとそこには蛇がいた。よく見ると蛇には頭が無かった。」
これは今朝、私が見た夢の話です。よくわからない夢でした。ちょっと言い方を変えるとこうなります。
2.「今朝の話さ、目が覚めてよー、洗面所で歯を磨いていたんだよ。そしたらそこに蛇がいたんだよ。そしてそしてよく見たらさー、その蛇にはよー、頭が無かったんだわ。」
話している風に書いてみました。もう少し詳しく言うとこうなります。
3.「今朝、今朝とは本日の午前7時11分の話。睡眠から覚醒して、メーカーの分からない陶器製の洗面で、専用のブラシで歯を研磨した。するとそこには爬虫綱有鱗目ヘビ亜目に分類される20cmの蛇が存在した。よく見ると蛇の頭部、それはつまり目と口が存在する部分、の喪失が確認された。」
言い方を変えていますが、1も2も3も全て同じ内容です。
【文体練習】もまさにそんな内容の本です。
【文体練習】の中身も、ひとつのなんでもない事柄を100以上の表現をしている本です。
でも私の書いたような簡単なものじゃない。かなり言い換え方がぶっ飛んでいますw
【文体練習】の主となる文章
【文体練習】の主となる文章はこれです。
「1.メモ
S系統のバスのなか、混雑する時間。ソフト帽をかぶった二十六歳ぐらいの男、帽子にはリボンの代わりに編んだ紐を巻いている。首は引き伸ばされたようにひょろ長い。客が乗り降りする。その男は隣に立っている乗客に腹を立てる。誰かが横を通るたびに乱暴に押してくる、と言って咎める。辛辣な声を出そうとしているが、めそめそした口調。席があいたのを見て、あわてて座りに行く。
二時間後、サン=ラザール駅前のローマ広場で、その男をまた見かける。連れの男が彼に、「きみのコートには、もうひとつボタンを付けたほうがいいな」と言っている。ボタンを付けるべき場所(襟のあいた部分)を教え、その理由を説明する。」(文体練習,レーモン・クノー,朝比奈弘治訳,朝日出版社,1996年,3P)
これを見るだけでは、ひとつの小説の書き始めのような、なんでもない風景を見ているだけですが、これだけの内容を言い換えるとどうなるか?文体練習というか、文体遊びが始まりますw
例えば、これ。
音の反復
「46. 音の反復
身分の区分もなしに余分な文士や文官までふんだんにつめこんでぶんぶん走る文化バスの分離デッキで、首が噴霧器のようにぶん長く、リブンの代わりに紐をぶん巻いた噴飯ものの帽子をかぶった醜男が、自分の分もわきまえず、となりの親分にふんぞり返って憤懣をぶちまけた。「ふん、足を踏むな、ぶん殴るぞ。」自分の言い分を充分にぶつけると、半分異分子の醜男は、いくぶん醜聞を恐れる気分で、あいた部分の分乗席をぶんどった。
多分だいぶん経った時分、その醜男は自分の兄弟分から文化的分析を受けていた。「ブトンがずいぶん分不相応な領分にあるぞ。分離して処分しな。」」(文体練習,レーモン・クノー,朝比奈弘治訳,朝日出版社,1996年,59P)
元になる文章を知っていたら内容はわかるけれど、これだけではもう何かわからないw形になっていないラップ音楽の歌詞のようですが、こんな感じに言い換えまくりますw
短歌
「66.短歌
あしふみの 長きバス首 さわげども のちのボタンは さん=らざりけり」(文体練習,レーモン・クノー,朝比奈弘治訳,朝日出版社,1996年,92P)
ついには五七五七七の短歌に収めてしまうという。。これもレーモン・クノーの書いているものと違っていて、訳者の遊びも入っていると訳者あとがきに書かれていますw
だぐでん
「72.だぐでん
あるびの、じょうごごろ、ごんざづじだバズの、ごうぶデッギで、ばだじば、あるばがものを見がげだ。ぐびがやだらにながぐ、リボンのがばりに、あんだびもを巻いだぼうじを、がぶっでいる。どづぜん、ぞのばがものば、どなりのぎゃぐに向がっで、びどがどおるだびに、ばざどあじをぶんづげる、ど言っで、ごうぎじばじめだ。じがじ、ぜぎがあぐどずぐに、ずばりに行っでじまっだ。
ずうじがん後、ばだじばザン=ラザールえぎ前で、ぞのばがものを、ぶだだび見がげだ。づれのおどごが、ゴードのボダンにづいで、がれにアドバイズじでいだだだだだだだだだだだだだだだだだだ。」(文体練習,レーモン・クノー,朝比奈弘治訳,朝日出版社,1996年,98P)
濁点にこだわり、全ての濁点がつく言葉を濁点つけてしまっています。。(これ全て本に書かれているママです。)
まとめ
全てを紹介できませんが、こんな風に多種多様に言葉遊びをしています。語尾を揃えたり、擬音だけで表現したり、漢文にしたり、女子高生の語り風にしたりと、真面目に読めないところもあるけれど、さらっと目を通るだけでも面白い。そして言い換えの視点がすごい。
「なるほど、その視点で見るとこうなるか!」というような言い換えが多々あります。人によって文章が違うのは、こういう書き方をしているからなのかという気づきも与えてくれます。文章は個性がかなり出ますからね。
文章を書いていて、上手く書けないなとか、何かつまらないなと思った時に、この本を参考にして、内容ではなく「書き方」に注目するとまた違った文章が書けるかもしれませんね。